英語に助けられた人生だった。中野 大河(なかの たいが)

僕は小学生の頃、サッカーに明け暮れていた。中学生になる頃に父の転勤で僕たち家族は埼玉から福岡へ引っ越した。引っ越しでブランクのあった僕は久しぶりにサッカーをしたら、右足を骨折してしまった。1ヶ月入院をして、退院した日にはどうしてもサッカーがしたくて、サッカーをしにいったら左足を骨折してしまった。笑

いつもだったら、このオチで笑いを取って話を終わりにするんだけど、ここではこの続きを書こうと思う。

2回目の骨折をしてしまった入院中に父から電話があって、「よく考えろよ。お金もかかるんやぞ。」って言葉が子供ながらに凄く心に刺さった。正直辛かった。病院で一人でずっと泣いてしまった。あの時初めて、人生で一番大好きなサッカーを辞めよう。って決めたのを覚えている。

いつもサッカーが僕に仲間を連れて来てくれていたから、合計で2ヶ月も入院をした僕は中学校生活に出遅れてしまって、中々友達ができなかった。この頃から自分を肯定することに難しさを感じていた。その後僕はサッカーに変わるものをずっと探していた。

僕は大学で3年生まで数学を専攻していた。その当時、大学に「English Plaza」という外国人の先生と英語で話せる場所があって、そこに入り浸るようになった。

こうして徐々に英語が好きになっていった。このEnglish Plazaがキッカケで英語を真剣に勉強して、1年後には英米学科に編入することができた。

このとき、英語が僕の存在を肯定してくれたように感じた。

そして、大学を編入後、英会話カフェというものを企画して、運営を始めた。

はじめたキッカケは当時働いていたカフェの経営状況が厳しく、僕が何かできることを通してこの状況を打開できないかと考えたことだった。僕の武器は英語と大学時代に国際交流系のイベントを企画した経験だった。だからそれを組み合わせてイベントスタイルで英会話をはじめた。そのカフェの経営者がよく口にしている言葉が「小さくはじめて大きく育てる。」だった。だからその言葉通り最初は小さくはじめた。

そんな英会話カフェも周囲の協力を得て、2年間で総参加者数は日本人と外国人を合わせて2100人に。外国人の参加者は延べ65か国籍以上。そして、九州で1万人以上が知る認知度にたどり着いた。様々な数字を着実に積み上げていった。

この2年間、会社に就職するよりこうして語学関連の分野を事業化できないか思案していた。しかし英会話カフェのような実店舗のある事業は多店舗展開させたとしても、十分な収益をあげるのが難しく、マネジメントも難しいと考えた。

ここに活路を見いだすためにこの無店舗型と実店舗型を織り交ぜた新しい形態のオンライン英会話のレアジョブ本気塾で働き始めた。

僕が運営していたようなFace to faceの英会話教室も大切だけど、もしゴールを”多くの日本人が英語を話せるようになること“に設定するならば、オンライン英会話が僕の実現したいことに直結すると思った。

僕が英語学習者をサポートしたいと思うのは自分が英語を習得してみて、世界が広がったと感じるから。英語を学びたいけど、どう学習したらいいのかわからない・・・。そんな人の役に立ちたい。僕も0からはじめてここまで好きになれたから。